数学


土倉 保
 Tsuchikura Tamotsu

 

 東北大学 名誉教授(理学部数学科)

 

 



 

 

  円周率は、およそ3、あるいは3.14 などと教わってきているのですが、本当に正しい数はいくつで、またそれはどのようにして求めればよいのかは、難しい数学の理論です。それはギリシャ時代から、また世界の各地で問題になっていたわけで、日本でも例外ではありません。江戸時代では恐らく世界中で日本が一番詳しく解明していたといってよいでしょう。もちろんその成果はひとりの学者が発見したものではなく、過去からの知識の積み重ねや改良が多くの学者でなされていたのは当然です。そして現代ではその成果を利用しているのです。

 

また、テレビやパソコンなど現代の重要な機器も、ただスイッチやボタンを押すだけになっていて、私たちはテレビの詳しい原理や製造法は知らなくてよいことになっています。多くの家電、自動車などの便利さに馴れてしまった現代ですが、これまでの知識の蓄積を思わずにはいられません。未来というものが過去からどのように生まれてきたかを振り返ってみて、私たちもこのような発展の一端を担えることができれば本当に素晴らしいことですね。

 

この学校の地名である「総和」(total sum)というのは数学用語では総てのものを足し算した結果ということで、偶然ですが何か期待感をもった関連性も感じさせられます。未来を担う諸君への期待がふくらみます。

 

創造情報学


石川 正俊
 Ishikawa Masatoshi

 

東京大学大学院 教授

  情報理工学系研究科 創造情報学専攻

  情報理工学系研究科 システム情報学専攻

  工学部計数工学科

 (石川 奥 研究室 http://www.k2.t.u-tokyo.ac.jp/index-j.html


 

  未来を「つくる」 

 

科学技術は、我々のまわりのさまざまな不思議を解き明かし、人類に「わかる」喜びを与えてくれました。皆さんが使っている教科書には、そのような解き明かされた真実が詰まっています。教科書を学ぶことは、現在の科学技術を知る上で大変重要なことです。ただし、「わかる」ことだけが科学技術ではありません。人類の役に立つさまざまなものを生み出すことで、科学技術は「つくる」楽しさを与えてくれると同時に、人類に新しい価値をもたらしてくれました。

 

人類の進歩に貢献する「つくる」科学技術は、教科書に載っているものをつくることではあまり意味がありません。世界で誰も考えなかったものを自ら考え、自らつくることが重要です。コンピュータも飛行機もロボットも、最初に考え、最初につくった人は、自ら夢を描き、自らの力で、人類が今まで体験したことのない新しい価値を生み出しました。その結果として、これらの「つくる」科学技術の成果は、現在の我々の生活をさまざまな形で支えており、教科書に載る普遍的な真実となっています。

 

科学技術は常に進歩するもので、現在の真実から、未来の真実を創り出すのが、その役割です。創造は無限に広がり、我々の夢はつきることがありません。未来の真実は、その夢を現実のものとすることから生まれます。

 

  未来の真実を生み出すのは、君たちです。「わかる」科学技術を学び、「つくる」科学技術を担う力となって、将来、さまざまな場面で活躍することを期待しています。

 

心理学


佐藤 隆夫
Sato Takao

 

東京大学 教授

  大学院人文社会系研究科基礎文化専攻心理学専門分野 

  文学部行動文化学科 心理学専攻


 

 僕は心理学の研究に取り組んでいます。心理学という学問の本質は、「こころ」とは何かを問うことにあります。でも、「こころとは何か」という質問に答えられる人はいません。しかし心の働き(機能)を調べることはできます。今、目の前にリンゴがあったとしましょう、それを見てリンゴであると認識し、それが真っ赤で美味しそうだと思い、食べようと手を伸ばすかもしれません。こうした、見ることに始まり、手を伸ばし,食べることに至る全ての段階が心の機能なのです。心理学では、対象を見て理解し、記憶し,過去の記憶と照らし合わせて行動に至る全ての段階、つまり人間の情報処理過程に心の本質があると考え、こうした情報処理の各ステップについて科学的な分析を行っています。様々な心の問題も、多くは、こうした情報処理に起きるなにかしらの問題として理解することができます。

 

 すべての学問の基本は「なんで?」とたずねることです。なんで?とたずねて、答えを得る。次に、その答えに対して、なんで?とたずねる。その繰り返しです。心理学がたずねる質問は、目の前のリンゴがなぜ見えるのか?といった、あまりにあたりまえの疑問がほとんどです。また、どんな本にも答えが書いてない疑問がほとんどです。誰もがあたりまえだと思うことをあたりまえだと思わず、それに対して、なぜ?とたずね続ける。答えは誰も知らない、すぐには見つからないと判っていても、たずね続ける。これは、学問に限らず、毎日の生活の中でも重要なことだと思います。みなさんにも、ぜひ、こうした姿勢を身につけていって頂きたいと思います。

 

社会基盤学


堀 宗朗
Hori Muneo

 

東京大学大学院 教授

  東京大学地震研究所 巨大地震津波災害予測研究センター長

  東京大学大学院工学系研究科 社会基盤学専攻 

 



 

2011年東日本大震災は文字通り大震災でした。長い道のりとなる復興にはいろいろな力が必要ですが、その一つは科学技術です。科学技術は、携帯電話やエコカー等の「もの」を創ることで、不可能を可能とします。復興のために今ある「もの」を応用すること。そしてそれ以上に、今はないけれどこれから使える新しい「もの」を創ることが必要です。

 

新しい「もの」は社会を変えます。良い方向に変えることがほとんどですが、思わぬ悪い結果を生むこともあります。だからと言って新しい「もの」の創造を止めることはできません。少しでも良い結果となるよう、全力をかけて構想することが大事です。また一日で新しい「もの」を創ることもできません。失敗に挫けず、挑戦を続けることが大事です。そして一人で新しい「もの」を創ることもできません。さまざまな人が目に見えない形で助けて下さっていることを素直に感謝する気持ちを忘れてはならないと思います。

 

皆さんが社会の中心を担う間に別の大きな地震が起こることと考えられています。火山噴火の危険もあります。防災の最前線に立つのは皆さんです。防災のために皆さんが新しい「もの」を創ることを期待しています。

 

経済学


米倉 誠一郎
Yonekura Seiichiro

 

一橋大学 教授

一橋大学イノベーション研究センター長

 

  http://www.iir.hit-u.ac.jp/iir-w3/index.html

 

 


 

面白い学校ができるんだね。諸君が知っているように、日本には石油や石炭さらには新しい科学技術に必要なレアメタルやレアアースなどはほとんど存在しません。しかし、そんなものよりもはるかに重要な資源である人間だけはまだ豊富です。言うまでもなく21世紀を動かすのは知識ですし、僕たちの生活をより豊かで面白くしているのも知識です。レアアースだってその使い道を開拓しているのは知識なのです。その知識を生み出すのはもちろん人間。ということは、日本で一番重要な資産は人間であり、その教育がもっとも心血を注ぐべき対象なのです。

 

しかし、日本はこの百年間キャッチアップ的な技能開発には優れていたものの、まったく創造的な教育が下手だったと言われています。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。僕は日本の若者は凄く創造的でイノベーティブだと思っています。日本の若者たちの発想は世界を変えるほどエネルギーがあるし、エキサイティングだと思います。ただ、それをうまく伝えきれていない。伝えるためには語学を含んだコミュニケーション能力の向上は大事です。しかし、もっと大事なことは、「いかに他人(ヒト)と違うか」という視点です。違わなければ新しいものは生まれない。諸君はヒトと違うことを恐れないで下さい。ヒトと違うことだけがイノベーションを生み出す原動力です。日本は脱原発・脱炭素社会のリーダーにならなければなりません(この話はとても大切なので、いつかまた別の場所で語りたいと思います)。いずれにせよ、諸君の想像力と創造力に富んだ「あっと驚く発想」を心から期待しています。

 

社会医学


大久保 一郎
 (Okubo Ichiro)

 

筑波大学大学院 教授

  人間総合科学研究科 社会医学系

  ヒューマン・ケア科学専攻 保健医療政策分野
  http://www.hcs.tsukuba.ac.jp/09_hoken.html

 

 

   医師という夢の実現に向けて

 

将来の進路として医学部を目指している方も多くおられると思います。

医学には大きく3つの分野があります。患者の診療・治療を行う臨床医学、これは多くの人が医者としてイメージしているものです。また、免疫システムの解明や新薬の開発など医学医術を支える基礎的な研究を行う基礎医学、そして、環境問題、地域の健康づくり活動、医療政策といった医学の社会的適用を考える社会医学があります。現在日本には医師は約30万人いますが、その95%は臨床医学の分野で活躍しています。

法律では医師の役割は、医師法の第1条に「医師は、医療及び保健指導を掌ることによって、公衆衛生の向上と増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする。」とあります。医師の役割は広範囲であり、医師法では社会的な役割が強調されています。私自身、社会医学分野の医師であり、患者を診ることはありませんが、医師という職業の重さと素晴らしさを日々実感し、医師になって本当に良かったと思っています。

 医師になるためには、医学部に入学する必要があります。国公立大学と私立大学では入試に必要な科目には差がありますが、全科目にわたっての高い学力が求められます。しかし、個人的な意見ですが、天才のような人である必要はありません。むしろこのような人は物理や数学等の自然科学の領域で、ノーベル賞を目指すべきと考えます。医師に求められるのは、多少の好き嫌いはあるにせよ、全科目を真面目に勉強する姿勢があることです。むしろ嫌いな科目により真摯に取り組むという態度が必要かと思います。これは教養を広めることにもなり、また忍耐力や人間性の形成にもつながります。

 医師という職業が相手にするのは、機械や動物ではなく、生きた人間です。学問上の理論や理屈のみで解決できるものではありません。予想外のことが生じ、その対応が求められた場合に、中学高校時代に醸成したこのような姿勢や態度が役に立つことになります。さらに医師はチーム医療におけるリーダーの役割を果たさなければなりません。リーダーはチームのメンバーから人として信頼され、メンバーの意見を聴き集約し、最終的な判断を下します。そのためには、課外活動やボランティアの経験などは非常に有益です。

 医師としての必要な資質は、中学高校時代の学科の勉強だけでは十分ではなく、課外活動、生徒の委員会、学校行事等に参加することから築き上げられます。中学高校時代に経験できることは全て役に立ちます。よい医師になるためには、特別なことが必要なのではなく、学校で提供される多くの活動に関心を持ち、積極的に参画することです。是非中学高校生活を大切にしてください。

 最後に「あきらめることなく夢を追い続ければ、必ずその夢が実現する」という趣旨のことばが、よく成功者から聞かれます。これは正しい。しかし、好きなことばかりをしていれば、いずれ実現するという意味ではありません。全ての成功者には人には言えない程の、辛く嫌なことも含めた努力の積み重ねがあるものです。皆さんも学校ではしたくないことがいくつもあるでしょうが、それらを安易に避けるのではなく、正面から取り組み,乗り越える努力をしてみてください。そして何よりも学校生活を楽しんでください。そうすれば、きっと夢へ向かって大きく前進することでしょう。皆さんには明るい未来があります。

 

生命科学


高橋 智
 (Takahashi Satoru)

筑波大学大学院 教授

  人間総合科学研究科 医学系専攻 解剖学・発生学
http://www.md.tsukuba.ac.jp/public/basic-med/anatomy/embryology/index.html
筑波大学生命科学動物資源センター センター長
http://www.md.tsukuba.ac.jp/public/LabAnimalResCNT/


 

 皆さんの将来の目標は何でしょうか?はっきりとした目標が決まっていないのであれば、将来の夢でも良いと思います。もし将来の目標や夢が無いのであれば、ぜひ持って下さい。目標や夢を持つことから全ては始まります。

 私は今、大学で生物の研究をしていますが、その始まりは、小学生の時に顕微鏡を買って植物や水の中の細菌を観察したことにあります。どうしてこんな小さなものが生きているのだろう?どうしてこんなに小さな構造ができているのだろうと疑問に思い、いつかそういうことを調べてみたいと思ったのがきっかけでした。小学校の卒業文集には、将来の夢は研究者になることと書いてありました。実際には、医学部に入学してお医者さんも良いと思った時もあったのですが、今生物の研究をしていて、大変楽しく毎日を過ごしています。これまで生物についての多くの答えが見つかりましたが、さらに多くの疑問が出てきて、生物学研究は大変楽しい世界だと思います。

 全ては目標や夢を持つことから始まります。宇宙飛行士になりたいという目標を持って宇宙飛行士になった人がいます。ベルリンフィルの指揮者になる夢を持ってその指揮者になった人がいます。皆さんも、ぜひ大きな目標や夢を持ってもらえればと思います。

 

臨床医学


森尾 友宏
 (Morio Tomohiro)

 

東京医科歯科大学学長特別補佐
東京医科歯科大学大学院・発生発達病態学分野・准教授
http://www.tmd.ac.jp/med/ped/patient/staff/intro_t-morio.html

同・医学部附属病院・細胞治療センター長

 


 

世界の人たちの暮らしをリアルタイムに実感できる時代がくることを誰が予想したでしょう?インターネットがあれば、世界の隅々まで、様々な情報が手に入り、誰とでもつながり、そして話をすることもできます。

10年後、20年後の世界を予想することはますます難しくなってきました。皆さんはどんな世界になってほしいと思いますか?未来になにを期待しますか?世の中は超高速で発展していると言われます。でも誰のための発展でしょうか?私たちの、富める国の、貧しい国の、人類の、生物のための?皆さんは将来、どのような職業を選ぶのでしょう?

これからの毎日の積み重ねがあなたの道を決めることになるでしょう。悩み、考え、動き、失敗し、楽しみ…。そうする中で、あなたの個性が、あなたの核がゆっくりゆっくり作られていきます。この素晴らしい環境で過ごす友達、先輩、後輩、先生たちとの日々が、あなたを鍛え、形作ってくれることでしょう。

数多くの天災や人災、事故や病気の人々に思いを馳せると、この地球に人として生まれてきたこと、超精密な機械を超える複雑な生命体として生まれてきたこと、それ自体が奇跡のように思われます。1つ1つの生物は驚くほど精巧にできていて、興味が尽きません。人間の設計図や細胞や個体の働きを研究し、その仕組みを知り、不具合を見つけ、修復する学問が医学です。そのような科学を元に、実際の医療においてはまず、眼と鼻と耳と手を使って、言葉を使って、問題点を探り出してきます。私はいつの間にか自然に医師・医学者を目指すようになりました。何度生まれ変わっても、この職業を選ぶと思っています。

 学問の基本は、なぜだろうと考え、考え続けることです。そのために文学や芸術など先人たちの残した文化を辿り、科学については基本を身につけることが大切です。基本を身につけ、そして誰にも頼らずに自分で考え、自分で判断する姿勢を身につけましょう。10年後、20年後の世界を担う皆さんに期待しています。