第八回卒業証書授与式 学校長 式辞
春の雲が空を柔らかく覆う今日のこの佳き日に、第8回卒業証書授与式を執り行えますことは、わたくしたち教職員にとってこの上ない喜びです。
はじめに、ご多用の中ご臨席賜りましたご来賓の皆様に、心より御礼申し上げます。地域の温かい眼差しがこれまで子どもたちの成長をどれほど支えてくださったか計り知れません。そして、保護者の皆様。子どもたちのこの6年間は、喜びも悩みもすべてご家庭と学校が手を取り合って紡いできた軌跡です。今日という晴れの日を共に迎えられましたこと、心よりお慶び申し上げます。
卒業生の皆さん。6年間、よくがんばりました。ご卒業、おめでとう。
皆さんが入学した2020年。それは、世界が突如としてパンデミックという渦に放り出された年でした。思春期の多感な時間を、不安な環境の中で過ごしてきましたね。
しかし、今日、私はこう伝えたいのです。皆さんはこの六年間、人類の歴史においても類を見ない、深い思考の旅をしてきた。世界中の人々が「人間はどう生きるべきか」「何が大切なのか」を、同じ時に、同じように問い続けた、そんな素晴らしい時代を、生きてきたのだと。
パンデミックの最中、世界の知の巨人たちが議論を交わしました。
真偽の定かでない情報がウイルスよりも早く広がっていく恐怖の中で、ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマスは、科学という根拠の土台に立つ重要性を説きました。憶測や不安に流されるのではなく、事実に基づいた知見を土台に、対話を重ねること。それこそが、民主主義を守る唯一の道である、と。
マスクを着けソーシャルディスタンスを強いられる中、私たちは「自分の安全か、それとも周りの誰かを守るための我慢か」という問いを突き付けられていましたね。政治哲学者のマイケル・サンデルは、「自分さえ良ければいい」という個人主義を超え、皆で支え合う「共通善・The common good」を追求する必要があると説きました。
歴史家ユヴァル・ノア・ハラリは、ウイルスが国境を越えて広がる中、「人間が他の動物と決定的に違うのは、人間は「共通の物語」を紡げることだ」と言いました。危機に直面したときには「互いを疑い、孤立する」物語か、あるいは「協力して乗り越える」物語かの選択を迫られると説き、歴史的に見ても、協力こそが唯一の生存戦略であると訴えたのです。
これらは決して、遠く高尚な話ではありません。実は皆さんのこの6年間こそが、世界中の知性が説いた思想の見事な体現でした。わたしはテレビカメラを向けるような眼差しで皆さんの日常を追う中で、いくつもの美しいドラマに触れました。
日が落ちたグラウンドで走り、ボールを追いかけ、仲間を鼓舞するその声。放課後の校舎に響き渡る楽器の音色。同じ興味を分かち合い、先輩後輩を越え笑いあう部活動。小さな前期生に顔を寄せて真剣に話を聞く優しい姿は、生徒会、異年次交流、様々なところで見られました。
修学旅行では、 誰に言われるでもなく5分前に集合する規律を持ち、ひめゆりの塔では「先生、時間が足りない。もっと展示を見たい、証言を読みたい」と、80年前の同世代に心を寄せていましたね。
文化祭のステージで仲間を盛り上げ、会場の一体感を創り出したあの熱量。体育祭の最後、すべてを出し切り、座り込んだときのあの充実した表情。
そしてこの冬、受験が近づくにつれ、寸暇を惜しんで参考書を広げるその真剣な横顔は、もう大人の顔でした。
そのすべては、単なる学生生活の断片ではありません。
毎日の授業で培った「科学の知」を土台とし、ハーバーマスのいう理性的対話の精神も、サンデルが説いた「共 通善」も、ハラリが語る「協力という物語」も。皆さんは知らず知らずのうちに、世界中の知性が議論してきた「人間としての在り方」を、この学校で実践していたのです。
しかし、いま、目を外の世界に向けてみてください。
この瞬間も、世界のどこかでは戦火が上がり、ウクライナで、中東で、多くの罪なき人々が苦しんでいます。私たちはパンデミックの間に「連帯」の大切さを知りながら、なぜまた分断と暴力が繰り返されるのでしょうか。なぜ、人間の尊厳は踏みにじられ続けるのでしょうか。
教育者マリア・モンテッソーリは、1930年代にすでにこう言っています。
「戦争を止めるのは政治の仕事だが、平和を作るのは教育の仕事だ」。
去年四月、私は「社会は変えられる」、そのために必要なのは「共感」と「アクション」だと皆さんに言いました。生成AIの登場に大人たちが脅える中、皆さんはすでに学び、知っているはずです。AIは答えを導き出せても、誰かの痛みに心を寄せ、立ち上がることはできません。それは、人間にしかできない神聖な領域だからです。
未来は、皆さんが自らの心で作っていくものです。他者の痛みに寄り添う「共感」と、世界に働きかける「アクション」。この二つこそ、皆さんが六年間で手に入れた、何物にも代えがたい「最強の武器」です。ここでの学びを糧に、恐れず世界へ飛び立ってください。
ご卒業ほんとうにおめでとうございます。
最後にー
あなたたちはこの学校で、一人で生きていくには十分な力を付けました。
でも、一人で生きようとしないでください。
苦しい時、辛い時、それはあなたの弱さではありません。あなたが懸命に生きている証です。
どうか、誰かに助けを求めてください。手を伸ばし、誰かの手をつかむこと。
その勇気こそが、人間として最も気高い「強さ」です。
そしてあなたも、誰かの手をつかみ、強く握ってあげられる人になってください。
皆さんの前途が、温かな共感と確かな希望に満ちていることを祈り、わたくしの式辞といたします。
令和8年3月2日
校長 久米 麻子
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古河中等教育学校のホームページをご覧いただき、ありがとうございます
本校は2012年の創立以来、「次代のリーダー育成」という使命を胸に歩んでまいりました。社会の変遷とともにリーダーのあり方も変化しますが、私たちが考えるこれからの時代のリーダーとは、より良い社会を、そこに生きる人々のために創造できる人物です。生徒たちには本校での6年間を通して「社会は自分の手で変えていくことができる」という自信と、それを実現するための具体的な力を育んでほしいと願っています。
社会をより良く変革していくために、私たちが重視するのは「共感力」と「行動力」という二つの力です。
「共感」は単なる同情や表面的理解とは異なります。生徒たちには教室という枠を超え、積極的に社会に飛び出し、多様な人々と出会い、心が動かされるような経験をしてほしい。そしてその出会いを通して他者に共感する心を育んでほしいのです。真の共感は「その人のために何かをしたい」という自然な欲求を生み出すはずです。その気持ちを基礎として、自分に何ができるのか、何をすべきなのか、そして何が必要なのかを、自らの頭で深く考え抜く力を養ってほしいと思います。
そして、どんなに素晴らしいアイデアも、行動に移さなければ社会は変わりません。私たちは「行動力」、つまり実際にアクションをおこすことを重視します。生徒たちには失敗を恐れずに積極的に行動し、様々なことに挑戦してほしい。学校は失敗から学び、成長する場所です。失敗しても常に寄り添ってくれる仲間、そして再び立ち上がり挑戦できる環境を学校全体で創り上げて参ります。
「共感」と「行動」は、AIには出来ません。AIには心がなく、真に他者を共感することはできませんし、自らの意思で行動することもありません。AIの時代と言われる今だからこそ、本校の教育を通して、生徒一人ひとりの人間としての力を最大限に引き出したいと考えています。
今年度は総合的な学習・探究の時間を通して、各界の第一線でご活躍されている方々や地域社会に貢献されている方々を講師としてお招きし、生徒たちが広く社会の実情に触れる機会を積極的に設けます。そして講義で得た学びを土台として、実際に現場に足を運び「共感」を育み、地域や社会との関わりを通して主体的に働きかける「行動」へと繋がるようなプログラムを展開していきます。
生徒にとって学校は未知の世界との出会いに胸が躍る場所です。しかしそれと同時に、友人関係や学業に対する悩み、将来への不安など、様々な感情が交錯する場所でもあります。特に思春期は、時に孤独感や無力感に苛まれることもあるかもしれません。我々教職員は、生徒たちの“今”を注意深く見守りながら、同時に一人ひとりの10年後の姿を見ています。この学校で経験するすべての出来事が、10年後、生徒たちが社会を生き抜く上での糧となるよう、全力で支援して参ります。
学校が保護者の皆様、そして地域の皆様との間に強固な信頼関係を築くことによって、初めて子どもたちの成長を真に支えることができると信じています。今後とも、本校の教育活動にご理解とご協力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
令和7年4月1日
校長 久米 麻子